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⛳ この記事で伝えたいこと(目的文)/⛳ Purpose of This Article
本記事では、Z世代で話題の“盛らないSNS”「BeReal」の特徴や魅力を紹介しつつ、
「よく見られたい」と思ってSNSに疲れてしまう現代人の心理を見つめ直します。
インターネットもSNSもなかった時代を生きてきた50代の視点から、
Z世代の“リアル志向”や“等身大のつながり”が生まれた背景を考え、
「SNSってそもそも何のためにあるの?」という問いに立ち返ります。
承認欲求に振り回されず、無理せずつながるSNSのあり方に、
上の世代も学ぶことがあるかもしれません。
✍️ はじめに(冒頭文)/✍️ Introduction
SNSって、ほんまに楽しいもんなんやろか?
「いいね」とか「映え」とかが当たり前になった今、
気づいたら“どう見られるか”に振り回されてる人、めっちゃ多い気がする。
そんななか、Z世代のあいだで「BeReal(ビーリアル)」ってSNSが流行ってるらしい。
加工もバズりもない、“盛らんでええ”SNSみたいな感じです。
正直、最初はピンとこんかった。
でも、調べてみたら「肩の力を抜いてつながる」っていう空気感が、
なんかちょっと、うらやましいような、ホッとするような感じがした。
この記事では、50代の僕が「BeReal」ってSNSをきっかけに、
Z世代のリアル志向や、今の時代の“つながり”について考えてみた話を、
素直に書いてみようと思います。
目次
- 🔹第1章:BeRealって、なんやねん?
- 🧱 第2章:Z世代が“盛らない”SNSを選ぶ理由
- 🧱 第3章:なぜ“リアル”が求められる時代になったのか?
- 🧩 第4章:50代の僕には、ちょっとわからん。でも…
- 📘 まとめ:リアルって、なんやろうな?
🔹第1章:BeRealって、なんやねん?

最近、Z世代のあいだで「BeReal.(ビーリアル)」ってSNSが流行ってるらしい。
“盛らへんSNS”とか言われてて、50代の僕には正直ようわからん。
というか──
「盛る」って、なんのためにやるんやろ?
映えるとか、加工するとか、よく聞くけど、
それが結局、何を満たしてるのか、よう分からんまま過ぎ去ってしまった。
子供の頃なんてインターネットすらなかったし、SNSなんか影も形もなかった。
ほんま、パソコンが家に来たのも大人になってからやし、スマホなんてここ10年位の話。
そんな中で、気づけば「映え」やら「盛る」ってのが当たり前になってて──
でも、正直それが何のためなんか、腑に落ちへんままここまで来た、って感じです。
インスタでええ感じのランチを載せたり、旅行の景色をフィルターで色鮮やかにしたり。
そうやって「いいね」をもらえたら、たしかにちょっと嬉しい。
けど、その“嬉しさ”の正体ってなんやろ?
誰かに認められたいんか? すごいと思われたいんか?
それとも、「自分にも価値がある」って思いたいだけなんか?
そんなことをモヤモヤ考えてるうちに、BeRealの話を聞いた。
このSNS、びっくりするぐらい“自由”がない。
- 1日1回、ランダムな時間に通知がくる
- 通知が来たら、2分以内に写真を撮って投稿
- スマホの前後カメラが同時に作動して、自分の顔と今いる場所をセットで撮らされる
- 加工も編集もフィルターも禁止
- 他人の投稿を見るには、自分も投稿せなあかん
つまり、「今この瞬間の自分」を、“そのまんま”出すしかないSNS。
ボサボサ頭でも、コンビニ帰りでも、昼寝中でも、通知が来たら撮って出す。それだけ。
「なんでそんなもん、わざわざ人に見せたいねん?」
最初はほんま、そう思った。
でも、ちょっと考えてみた。
「盛らんでええ」ってことは、誰かに良く見られようとせんでいいってことや。
そしたら、気ぃ張らんでもええ。無理せんでもええ。
SNSって、本来なんのためにあるんやろな?
たぶん、「誰かとつながるため」やったと思う。
「見せるため」やなくて、「交わすため」やったはずや。
それがいつのまにか、「どう見られるか」に疲れる場所になってしもた。
BeRealは、その原点を思い出させてくれるSNSなんかもしれへん。
🧱 第2章:Z世代が“盛らない”SNSを選ぶ理由

自分が若いころは、SNSどころかインターネットすらなかった。
写真を撮るにもフィルムがいるし、「今どこにいるか」なんて、電話か会って話すしかなかった時代や。
だから正直、SNSの文化そのものに、いまだによく馴染めてないところがある。
でも、いつのまにか「SNSではよく見せるのが当たり前」って時代になった。
映える場所に行って、盛った写真をアップして、いいねをもらう。
そういう流れが、若い人たちの間では普通やった感じがする。
そんな中で、Z世代の一部はこう思い始めたんやと思う。
「もうええわ。盛るの、疲れる」
「素の自分でつながれる場所がほしい」
BeRealってアプリは、まさにそんな想いから生まれた感じがする。
- 加工できない
- 撮影は通知から2分以内
- “映え”とか無関係
- フォロワー数もバズりもなし
ほんまに「今のそのまま」を友達に見せるだけのアプリ。
正直、最初はちょっと思ったんです。
「ほんまにそれでええの?」
「たくさんの人に見てもらいたいって、思わへんの?」
「“すごい”って言われたくならへんの?」
昔の感覚で言うたら、やっぱちょっと不思議やった。
でも調べてみたら、ほんまに**“少人数でええ”っていう感覚**が根っこにあるみたいやねん。
- 投稿は仲の良い友達だけに届く
- いいねもない
- リアクションは顔のスタンプ
- 何かを証明する必要もない
「今日も生きとるで」「元気にしてるで」って、ただそれだけを見せ合う場所。
誰かと比べなくてもいい。気取らなくてもいい。だから、しんどくならない。
SNSって、気づけば“張り合い”の場になってたんかもしれへん。
でも、BeRealは違う。
「ええカッコせんでも、つながれる」
そんな空気があるのが、Z世代っぽいなと思った。
「広く見せるSNS」から、「近くでわかり合えるSNS」へ。
時代は、少しずつ変わってるのかもしれへん。
🧱 第3章:なぜ“リアル”が求められる時代になったのか?

🟡 SNSって、本来は“楽しい場所”やったはず
SNSって、もともとは「みんなとつながれる」便利なもんやった。
遠くの友達と連絡できたり、日常をサクッと共有したり、
ちょっと笑える動画見て元気出たり。
そんな気軽な場所やったはずやと思っていた。──
気づいたら、「いかにウケるか」「どれだけ盛れるか」、
“評価されること”がメインになってもうてた。
SNS開いたら、なんや知らんけどちょっと疲れる。
それって、ほんまは不自然なことやったんかもしれへん。
🌀 SNS疲れと、“比較の地獄”
SNSって便利やけど、正直めっちゃしんどいとこもある。
- 「みんなキラキラしてんのに、自分だけなんか地味やな…」
- 「いいね少なっ…やっぱ俺ってイケてへんのかな」
- 「“盛った自分”ばっかり見せてたら、ほんまの自分がわからんようになる」
そんなことばっか考えてたら、知らん間に劣等感まみれになってまう。
「自分は足りてへん」とか、「もっとがんばらな」って、
ずーっと追い立てられて、気ぃ抜くヒマもない。
Z世代って、そのしんどさをずーっと見てきた世代なんやろな。
上の世代が「いいね欲しい!」「よく見られたい!」って必死こいてるの見て、
「なんか、そんなんちゃうやろ…」って思ったんかもしれへん。
🌱 だからこそ、“リアル”に戻りたくなる
盛らんでええ、ウケ狙わんでええ。
気の合う友達だけと、ただ今を共有する。
そんなんが、今のZ世代にとっての“ちょうどええ距離感”なんやろな。
BeRealみたいなアプリが流行るのも、
「疲れるSNSは、もうええわ」っていう気持ちのあらわれなんかもしれへん。
🧩 第4章:50代の僕には、ちょっとわからん。でも…

正直言うと、BeRealって、まだようわからん。
「通知が来たら、その瞬間の写真を撮る」──それだけって言われても、なんやそれ?って思う。
なんで今? なんでこのタイミング? 寝起きでも? メシ食ってても?
……いや、ちょっと待ってって言いたくなる。
📷 カメラを向けられると、自然と“よそ行きの顔”になる
いまだにそうや。
カメラを向けられたら、ちょっと笑顔つくってしまうし、
背景に変なもん写ってへんか確認してしまうし、
「見られること」を意識してしまう。
それが当たり前やと思ってた。
「ちゃんとした自分」を見せなあかんって、ずっと刷り込まれてきたんかもしれん。
🌿 でも、Z世代の“ゆるいつながり”が、ちょっとうらやましい
でも、BeRealみたいに、「どんな自分でもええやん」って感じでつながれる世界を見ると、
なんか、ちょっとうらやましい気もしてくる。
見栄も盛りもない。
おしゃれなカフェも、決め顔も、いらん。
「今日もしんどかったわ〜」って、
そんな日もそのまま出せる関係性って、案外ええもんかもしれん。
「よく見られたい」って頑張りすぎて、疲れてもうてる僕らの世代には、
“盛らんSNS”って逆に新鮮で、ほっとする場所にも見える。
📘 まとめ:リアルって、なんやろうな?

BeRealってアプリを通して、Z世代の「リアル志向」や「つながりの形」を見てきたけど、
やっぱり僕には、ちょっとわからん部分もある。
でも同時に、
「ほんまは、こっちのほうが自然なんちゃうか?」
って思わせてくれる何かもあった。
SNSに振り回されて、よく見せようとして疲れて、
いつの間にか“誰かに見せる自分”ばっかりになってた僕ら。
そんな中で、Z世代が見せてくれる
「盛らんでもええ」「比べんでもええ」って空気は、
どこか、肩の力が抜けてて、正直ホッとする。
リアルって、特別なことやないんかもしれへん。
寝起きでも、ダラダラしてても、誰かと笑ってなくても、
「それでも今日も生きてるで」ってことを見せ合う──
それが、ほんまの“リアル”なんやろな。
僕ら50代も、もうちょい”ええかっこしい”をやめてもええんやと思う。
変なプライドなんて、もういらんやん。
肩に力入れんと、素直な気持ちで、「これが自分やで」って出していけたら、
もっとラクに、つながれるんちゃうかな。
素直がいちばん。
今の時代に、Z世代に、教えてもらった気がする。

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