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こんにちは、ヒロシです。

火葬場の待ち時間、みなさんどうしてますか。

待合室でぼんやりするか、おにぎりを食べるか、スマホを眺めるか。だいたいそういう時間やと思う。

先日、妻のお父さんを見送るために姫路に来た。葬儀を終えて、火葬が完了するまでの2時間。妻が「近くに有名人のお墓があるらしい」と言い出して、なんとなく外に出た。

で、白亜のドームに出くわした。

頭の中で、ゴダイゴのガンダーラが鳴り始めた。葬式の帰りに。


こんな方に読んでほしい

  • 姫路城は行ったけど、それ以外の姫路は知らないという方
  • 名古山斎場で「2時間どうしよう…」となっている方(仲間がいます)
  • 予定外の場所でいいものに出くわした経験がある、50代の方

結論(先に言っておく)

ふらりと立ち寄っただけで、姫路にいながら頭の中がインドになりました。


目次

  1. 久しぶりの姫路、変わった景色
  2. 火葬を待つ2時間、待合室でボーっとしていた
  3. そこには想像を超えた景色が広がっていた
  4. 象が、鼻から水を吐いている
  5. 塔の中に入ってみた
  6. 「須弥山」という石があった
  7. 桂米朝と高田賢三のお墓
  8. なぜ姫路に、インドの釈迦の遺骨が?
  9. 訪問前に知っておくと便利な情報
  10. 人生はある日突然、出くわす

久しぶりの姫路、変わった景色

JR姫路駅のホームの駅名標
久々のJR姫路駅

新幹線の車窓から、久しぶりの関西の景色を眺めていた。

久しぶりの京都。車窓から。

姫路駅に着いたら、思ってたよりきれいになってた。なんかこう、どこの駅も最近は同じ感じになってきてる気がして、よくも悪くも「整備された観光地」という空気がある。昔の京都駅の木造のごちゃっとした感じが好きやったけど、もうないんやろうな、と思いながら歩いた。

道路の正面から見た姫路城の白い天守閣
姫路城、真っ白でインスタ映えやん

姫路城も、昔より白くなってた。外国人観光客がいっぱいいて、どこを向いても写真撮ってる。円安ってほんとなんやな、と実感した。ちなみに僕は城の写真をスマホで撮りながら「インスタ映えやん」と言ったら、次男に「誰も言わんくなった言葉やで」と言われた。


火葬を待つ2時間、待合室でボーっとしていた

葬儀を終えて、名古山斎場に移動した。火葬が終わるまで2時間ほどある。

待合室で4人でおにぎりを食べながら、特に何をするでもなく座っていた。こういう時間って、何かをしようとしなくていい気がする。黙って隣にいるだけで、それでいい。

そうしていたら、妻が言った。

「桂米朝のお墓と、高田賢三の墓が、すぐ隣にあるらしいよ」

「へー」

正直、その時はそのくらいの反応やった。妻の弟が「せっかくやから行ってみたら」と言ってくれて、妻と次男と僕の3人で外に出た。後から思えば、この「へー」が今回最大の失言やったかもしれん。

名古山霊苑の仏舎利塔・納骨池への案内標識とピンクのツツジ
案内標識に沿って歩き始めた

ツツジが満開やった。「仏舎利塔」という案内板に沿って歩いていくと、木々の間から白いドームが少しずつ見えてきた。


そこには想像を超えた景色が広がっていた

名古山霊苑の仏舎利塔、曇り空をバックに白亜のドームと6基の小塔
これが和製ガンダーラや
名古山霊苑仏舎利塔のドーム部分アップ、白い半球と装飾彫刻
ドームを見上げると、彫刻がびっしり

開けた場所に出た瞬間、3人とも黙った。

白亜の巨大なドーム。中央の塔を囲むように小さい塔が6基。全体にインドの寺院みたいな彫刻が施されている。象が並んでいる噴水池まである。

「なんやこれ」と声に出た。

頭の中で、ガンダーラが流れ始めた。「ガンダーラ、ガンダーラ〜、そこはどこかの〜」ってやつ。堺正章の声で。止まらない。

思わず次男に「ガンダーラって知ってる?」と聞いたら「知らない」と言われた。そうか。1978年のドラマか。知らんか。なんか急に年齢を実感した。

これが仏舎利塔。真正面からどうぞ。

高さ約38メートル、昭和35年完成。後で調べて知った数字やけど、とにかく実物を目の前にしたときの「なんやこれ」という感覚のほうが先に来る。姫路城から北西へ1kmにこんなものがあるとは、知らんかった。

よく見ると、塔の頂上にクルクルとした車輪みたいなものが載っている。あれはセイロン(今のスリランカ)から寄贈された「コタ」というもので、仏教の「法輪」を表しているらしい。仏舎利はインドから、法輪はスリランカから。仏教の本場2国から届いたもので構成されてるなんて、知ったらもっとテンションが上がった。


象が、鼻から水を吐いている

名古山霊苑仏舎利塔の噴水、壁面に並ぶ象の頭部から水が噴き出す
象が水吐いてる。インドやん
仏舎利塔の象の噴水アップ、額の赤い丸と黄色いビーズが見える
アップにしたら、額に赤丸とビーズ

塔の前の噴水池を見たら、壁面に象の頭がずらっと並んでいて、それぞれの鼻から水が出てる。

霊苑に来て象を見るとは思ってなかった。「なんで象やねん」と思いながら近づいてみた。

アップで見ると、額に赤い丸と黄色いビーズの装飾がある。細かい。本気で作ってある。

近くの解説板を読んだら、ちゃんと理由が書いてあった。釈迦の母・摩耶夫人が「白い象が体内に入る夢」を見て釈迦を懐妊したという伝説があって、だから仏舎利塔の前には象を置く、と。

そうか。飾りやなかったんや。ただの「インドっぽくしよう」じゃなくて、意味があって置いてある。急に象の顔が全然違う顔に見えてきた。知ってから見るのと、知らずに見るのとで、こんなに違うもんやなと思った。

ちなみにその話を次男にしたら「へー」と言われた。さっきの妻への僕の返しと同じリアクションやった。この血は引き継がれるんやな。


塔の中に入ってみた

名古山霊苑仏舎利塔の内部、金色のシャンデリアと天井の装飾、格子窓の奥に仏像が見える
天井を見上げて固まった

塔の中に入れるというので、3人で入った。

一歩入って、天井を見上げて固まった。

黒鉄と金のシャンデリアが吊り下がっていて、その周りに羅漢像が円形に並んでいる。格子窓の奥に、白い仏像が静かに立っている。外の「インドの寺院」みたいな雰囲気から一変して、中は「極楽浄土」みたいな空間やった。

外の派手さとのギャップが、逆に面白い。「この人(設計者)、絶対楽しんで作ってるやろ」と思った。

ぐるっと一周。6つの小塔がよう見えるやろ。

名古山仏舎利塔のバルコニーから見た姫路市内の景色、緑の木々と市街地が広がる
バルコニーからの眺め。塔に登るとこれが見える

塔のバルコニーに出ると、姫路市内が一望できる。木々の向こうに市街地が広がって、条件が良ければ姫路城も見えるらしい。この眺め、なかなかやと思う。


「須弥山」という石があった

名古山霊苑の須弥山と書かれた黒い石碑、緑の生垣と石段の前に立つ
須弥山。読めるけど意味がわからんかった
名古山霊苑の須弥山入口から続く石段、苔むした石と緑の木々
石段が奥に続く。山登りか?と思った

歩いていたら、黒い石碑が立っていた。「須弥山」と白い文字で書いてある。その奥に石段が続いている。

「山登りか?」と思った。霊苑で登山コースはないやろ、と思いながら登ってみた。

塔があった。登るのは塔だけやった。山ではなかった。

でも途中の石段に、苦行中の釈迦像があった。ガリガリに痩せた姿で、瞑想している。インドで6年間の苦行をしていた時期の釈迦の姿を表しているらしい。普段見慣れた丸々とした仏像と全然違くて、思わず足が止まった。

しかも調べたら、この塔状の部分、実は**貯水槽**らしい。下から見ると荘厳な構造物なのに、中は水。それを知ってからまた見ると、ちょっと親近感が湧いた。

須弥山(しゅみせん)というのは仏教の宇宙観における「世界の中心の山」のことで、この苑内の人工岩山でそれを表現しているらしい。仏舎利塔があって、象がいて、須弥山まである。インド仏教の世界観をまるごと持ってきたんやなと、ここで初めて全体像がつながった気がした。

須弥山に向かう入口のあたりに、浅い水場があって、丸い輪っかの中にハスみたいな植物が育っていた。

名古山霊苑の浅い水場に並ぶ円形の陶器の輪と蓮の葉
これ、蓮?と思って立ち止まった
名古山霊苑の池に浮かぶカモ、静かな水面に波紋
カモもいた。霊苑やのに、のびのびしてる

「これ、蓮なんかな」と思いながら眺めていた。仏教に関係あるから须弥山の入口に置いてあるんかな、と。

蓮は仏教で「泥の中から清らかな花を咲かせる」=悟りの象徴とされている。仏像が蓮の台座の上に乗っているのも、そういう意味がある。ここに置いてあるのも、たぶん偶然ではない。

知れば知るほど、苑内のものが意味を帯びてくる。そういうのが、歩きながらじわじわ面白くなってくる場所やった。

「仏教テーマパーク」という言葉が頭に浮かんだ。不謹慎かもしれんけど、それくらいよくできてる。


桂米朝と高田賢三のお墓

そもそも外に出るきっかけをくれた、有名人のお墓も。

名古山霊苑の案内板、高田賢三と桂米朝の墓所への矢印が書かれている
こんな案内板がある。そうか、こっちか
高田賢三(KENZO)のお墓、中央に髙田賢三の名と家紋、左右の石碑に直筆の夢の文字とアネモネのデザイン
高田賢三のお墓。直筆の「夢」
桂米朝のお墓、上から見ると米の字の形に設計された石碑
桂米朝のお墓。上から見ると「米」の字

高田賢三(KENZO)は姫路出身の世界的なファッションデザイナーで、2020年に亡くなった。お墓の石碑に、生前本人が書いた「夢」の文字が刻まれている。筆跡がそのまま石になってる。アネモネやぼたんの彫刻も添えられていて、品があって美しい場所やった。

桂米朝は落語家・人間国宝。こちらは解説板に「上から見ると米の字になるよう設計しました」と書いてあって、思わず笑った。墓石でも「米」を忘れへんのか、と。こういう遊び心、米朝さんらしいなと思う。脇の碑には本人が詠んだ俳句も刻まれている。なんかそれだけで、米朝さんという人がちょっとわかった気がした。


なぜ姫路に、インドの釈迦の遺骨が?

家に帰ってから少し調べた。なんでインドの遺骨が姫路にあるのか、ずっと引っかかってたから。

1954年(昭和29年)、インドのネルー首相が戦後の日本に仏舎利(釈迦の遺骨)を贈った。終戦から9年。「人類永遠の平和と幸福の祈願をこめて」という言葉を添えて。そういう背景があったんか、と思った。あの白い塔の根っこには、戦後の平和への祈りがある。

設計者の大岡實という人のことも出てきた。もともとは建築史家やったが、1949年に法隆寺の金堂壁画が火事で焼けた。その現場に立ち会ったことで、「木造では火に勝てない。鉄筋コンクリートで不燃の仏塔を作る」という信念で設計者の道へ転じた人物らしい。姫路が代表作やという。

火事への悔恨と、平和への祈りと、設計者の信念。そういうものが全部重なってできたのが、あの白い塔の場所やった。知ってしまうと、また全然違う景色に見えてくる。


訪問前に知っておくと便利な情報

名古山霊苑の散策マップ看板、仏舎利塔まで250mと書かれている
苑内の案内マップ。仏舎利塔まで250m

姫路城に行く人で、ここを知らなかったという人は多いんちゃうかと思う。僕も今回来るまで知らんかった。だからこそ書いておきたい。

場所は姫路市名古山町14-1。姫路城から北西へ約1km。姫路駅からタクシーで10分くらい。僕たちは斎場から歩いて行ったので、徒歩圏内。

縦覧料は大人250円・小人100円。これで内部まで入れる。外だけ見て帰るのはもったいないので、必ず中まで入ってほしい。

時間は8:40〜16:30(お盆期間の8月12〜15日は18:00まで)。夜はライトアップが22:00まであるらしく、白いドームが夜に光るのもきっといいと思う。次はそっちを狙いたい。

季節は春(桜・ツツジ)と秋(イチョウ・紅葉)がよさそう。行ったときはツツジが満開で、それだけでも来た甲斐があった。

姫路城とセットで行くのがおすすめ。1km歩くだけで、姫路城とはまったく違う種類の感動に出くわせる。

塔のバルコニーからは姫路市内が一望できる。天気が良ければ姫路城も見えるかもしれない。

Google Maps:名古山霊苑 仏舎利塔(Google Maps)


人生はある日突然、出くわす

名古山霊苑仏舎利塔の外観、石段と石灯籠と中央の大ドーム
また来たいと思った

義父の火葬を待つ時間に、ほぼ気まぐれで外に出て、なんとなく歩いていって、出くわした場所だった。

葬式の帰りに頭の中でガンダーラが鳴り続ける50代男性、というのは傍から見るとだいぶ異様やったと思う。でも、こういうことって悪くないと思う。悲しいことがあった日でも、予定外の景色に出くわすことがある。それが人生やなと。

ちなみに義父は、こういう話を喜びそうな人やった。だから「葬式の帰りに観光してしまいました」という後ろめたさは、あんまりない。むしろ「おもろいとこあったで」と報告したい気持ちがある。

姫路に行く機会があれば、姫路城だけじゃなく、名古山霊苑・仏舎利塔にも1kmだけ足を伸ばしてみてほしい。頭の中でガンダーラが鳴り出したら、成功です。


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